みなさまこんにちは。
以前、考察4「グローバル化について」で僕のグローバル化についての私見を述べさせていただきましたが、僕の会社は海外展開をしておりません。
厳密に言えば、弊社子会社が中国に海外展開していますが、経営は完全に任せているし連結していないのでこちらは例外とします。
2000年初頭より大企業の海外展開が促進され、国内の中小企業は次々に海外に仕事を奪われてゆくカタチとなりました。
人件費の安い後進国での生産、それはやがて現地生産という考え方へと変化してゆきました。
つまり、日本で生産性を向上させることで人件費の安い海外企業にコストで勝てるようになっても、客先が海外だと輸送費、輸送期間の問題、品質異常が発生した時にすぐ介入できないなどの理由で客先現地に工場を置かねば仕事が戻ってこない、という現象に見舞われました。
大きな製品を輸出するには大きなコストがかかるのです。
幸い、僕の会社の製品はサイズがとても小さいため、大量の数を飛行機や船で輸出できるため日本からコストを追求した製品を世界中に送品することができました。
2010年頃、ある大企業の当時の常務取締役の一人で調達本部の親玉である人がグローバル展開の推進を強く進めておりました。
まぁ、当時はそういう世の流れだったので仕方ないのですが、この人は特に日本の中小企業を小馬鹿にしたような雰囲気を出す人で、僕はとても苦手でしたし、彼が苦手なサプライヤーの社長、幹部はたくさんいらっしゃいました。
ある時、僕の父である社長がその取引先のサプライヤー協力会の集いに出席し、その常務と名刺交換をした時に彼は「なんだ、御社は海外に工場ないの、これからやっていけないよ~」と父に言い放ちました。
父は大変悔しい気持ちになったと思いますが、当時たしかに海外展開をしないと製造業は生き残れないという論調がありました。
しかし、海外展開をしないことは自分たちの信念でもあったため父は堂々と「ああ、そうですか。では失礼します」とそれ以上相手にしなかったようです。
この話はいつまでも僕の心の中に残る逸話となると思います。
誇りの一つです。
ではなぜ、僕の会社は海外展開をしなかったのか。
日本で製造拠点を構え続けることを信念としたのか。
第一に、優秀な社員が分散されてしまうからです。
ただでさえ、マネジメントができる管理職、コア技術を持つ職人が貴重な中で、文化の違う異国の人々を日本のレベルまで育てるのにどれだけの期間、何人を現地へ送らねばならないのか、その期間、国内が手薄となるということです。
第二に、中国はルールを捻じ曲げてくる国であることです。
海外展開といっても、当時は中国一択みたいなものでした。
共産党一党独裁の中国では、役人が気に入らないことがあればすぐに事業継続が困難になり兼ねないし、逆に事業に失敗し従業員を解雇せねばならなくなっても簡単には許されません。
役人との強いパイプが必要となります。
とてもじゃないですが、我々の規模でそんなパイプを構築できるとは思えませんでした。
第三に、日本を愛しているからです。
創業したその地から、自国の歴史が詰まった製品を世界中に提供すること。
それこそが全従業員の信念です。
中国で会社が繁栄しても仕方ないのです、意味ないです。
そして時が流れ、2020年現在。
ここ数年で随分と日本に仕事が戻ってきました。
付加価値の高い製品はやはり日本での生産となる傾向にあります。
コロナ禍での海外工場封鎖も海外生産のリスクを世に知らしめることとなると思います。
海外で安定生産をするということは簡単なことではないのだと思います。
もちろん、成功している凄い会社もたくさんあります。
しかし僕の会社にとって、海外展開をしなかったという決断は間違っていなかったと今では自信をもって言えます。
これから、海外展開という問題以上に大きな問題が立ちふさがり、悩むことがたくさんあると思います。
一つずつ、信念をもって進むべき道を開拓してゆこうと思います。
それでは。